[Domaine Thomas MOREY]

ドメーヌ・トマ・モレ
 訪問したのは9月1日朝9時30分。この日の気温は12度前後と、また急に冷え込んだ。強く乾いた冷たい風が夏服の薄い布地をすり抜ける。出迎えてくれたのは当主トマ・モレ。父ベルナール・モレから畑を受け継ぎ、リリースしてきたワインの高評価もあってか、自信とやる気に満ちた当主の顔になってきた。スケジュールの都合で土曜の訪問になってしまったが、快く迎えてくれた。今日はとても寒いねと笑いながら、今日ぐらい寒くて天気がいいぐらいが一番いいんだよねと語っていた。暑さも必要だが、過度な熟度は必要な酸とフィネスまでも奪ってしまうと彼も他の生産者同様に考えているからだ。こういう寒いぐらいの天候で徐々に熟していくのが本当に理想的なんだよと青く澄んだ空を見上げながら語った。何年か前に新設した所有する畑の全ての土壌を見る事が出来るテーブルを備えたテイスティングルームで2011年を試飲する事となった。



トマ・モレ氏



1.Bourgogne Chardonnay 2011 
トマが言うには2011年はとてもイージーで分かりやすい年だという。若いうちからも十分に楽しめ、熟成もできるすごく幅広い楽しみ方ができるからだ。このキュヴェは8月27日にボトリングしたばかりのキュヴェで、さすがにもう少し落ち着かせないとねと前置きしながら、細身ながらがっしりとした腕でグラスに注いでくれた。現時点ではやはりバランスに欠けるが、出荷される頃には落ち着いてくるだろうと思える。酸も果実味もしっかりとあり、トマ・モレらしいエレガントな味わいは、また多くのファンを増やすに違いない。
生産されたのは9000本程度でこれでも世界中の需要に対して全然賄いきれてないそうだ。シャサーニュ・モンラッシェの畑からのブドウが使われている為、気品があり、香り高く、洗練されたACブルゴーニュとは思えないクオリティの高さが魅力だ。
2012年は寒さで樹が凍るなどする区画があり、収量はかなり少なくなるだろうとの事。



2.Chassagne Montrachet 2011
 1989年植樹と区画とそれ以降の若木からのブドウがバランスよく使われている。上質なミネラル感と酸、エレガントな果実味。ACブルゴーニュより当然ながら濃密で粘性が高く味わい深い。ハニー、ナッツ、レモン、スパイス、ハーブ、鉱物、麝香などの香りがとてもバランスよく表現されている。



3.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Machelles 2011 
ドメーヌとしてファーストリリースとなるこのキュヴェは、トマが借りている畑で0.32haある。8樽ほどの生産が可能なのだという。Macherellesの畑のほぼ中央に端から端までの区画である。樹齢は35〜40年程度。ややエッヂに緑がかった輝きのあるゴールデンイエロー。ハーブ、フローラル、ミント、ライム、ピーチ、リンゴ、砂糖漬けのハーブ、ナッツなどの香り。甘みも十分にあり、焦点もきっちりと定まっている。むっちりと肉厚でミネラリーでオイリーさも備えている。

4.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Les Baudines 2011
これもマシェレル同様にファーストリリースとなる。アンブラゼに隣接した2つの区画に0.4haある。マシェレルよりもさらに肉厚で力強さが加わったキュヴェ。バター、ライム、ナッツ、ハーブ、スパイス、スモーキーなニュアンスもあり、鉱物由来のミネラルも感じる事が出来る。ジューシーで風味がしっかりしており、スパイスの効いた味わい。



5.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Chenevottes 2011 
これも新しいキュヴェ。トマが借りている畑で0.5haある。父ベルナール・モレの代にもChenevottesは造っていたが、彼の代は畑を借りてはおらず、ブドウを買っていたそうだ。フローラル、白トリュフ、ハニー、ナッツ、ミント、ハーブなどの芳しい豊かな香り立ち。しなやかでスタイリッシュでミネラリーな風味と長い余韻が特徴的。



6.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Embrazées 2011 
フィロキセラ危機後、放置されていたが、彼の祖父アルベール・モレによって50年代後半に改めて栽培が行われ、現存するブドウの樹は1961年植樹されたものとなる。なだらかな丘の中腹にあり、化石や岩や石が多く、赤土土壌の区画。表面の石によって昼間の太陽熱が保たれ、ブドウが熟しやすい畑でもある。白い花や白い果実の新鮮で、さわやかなアロマはエレガントな香水のようにグラスから沸き立つ。他のキュヴェよりも若干の熟度の高さと柔らかさが感じられる。



7.Chassagne Montrachet 1er Cru Morgeot 2011 
モルジョは全体で58haと、とても大きい1級畑。Thomas MoreyではLes Brussonnes, Les Petit Clos, Les Fairendes, Guerchèreというプロットを所有しているが、Guerchèreは、ネゴスに販売している。Les Brussonnes, Les Petit Clos, Les Fairendesのブドウがこのキュヴェとなる。モルジョはバタール・モンラッシェと共に最初に収穫される畑。明るく淡い緑がかった黄金色。アーモンド、ヘーゼルナッツなどの香ばしい香りと、グレープフルーツ、栗、メンソール、野菜、レモン、ライムなどのシトラス系、洋梨、青りんごなどのフルーツの熟した香り、クリームやハーブ、フローラルの香りがバランスよく構成されている。ミネラリーで酸もくっきりあり、フィニッシュにバターのニュアンスも感じられ奥行きのあるワインに仕上がっている。


テイスティングルームでは全土壌を見る事が出来る



8.Chassagne Montrachet 1er Cru Clos Saint Jean 2011  
トマの父ベルナールが幼少期には既にあった区画で0.25haあり、樹齢は50年を超える。熟度も酸もとてもしっかりしたスタイル。ドライフルーツ、パイン、フローラル、レモン、ライム、砂糖漬けハーブなどのアロマ。質感は洗練されており、新鮮で魅惑的な深みと奥行きを備えたワイン。エキス分も豊富でしっかりとした濃縮度と豊かな余韻。



9.Chassagne Montrachet 1er Cru Vide Bourse 2011
輝きのあるゴールデンレモンイエロー。非常に小さい区画ながら、バタール・モンラッシェに隣接した恵まれた立地をもつ畑。植樹された正確な記録が残っていないが、1940年初め頃までは遡ることができるそう。ライム、メンソール、ハーブ、パイン、白桃、アニス、ハニー、ドライフルーツ、スパイス、鉱物、ナッツ、バターなどの豊かな香り立ち。現時点ではシトラスとミネラルの風味が支配的でレモンやライム、パイン、ハニーの風味がよいアクセントとなっている。



10.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Dents de Chien 2011 
モンラッシェに隣接する区画で僅か0.6376ha。1986年植樹。なだらかな地形は、バタール・モンラッシェ程ではないが、石が多く、茶色の土壌を有している。トマ曰く、テンションを感じるスタイルのワインになるのがこのキュヴェ。クールでとてもミネラリーで清涼感がある。酸もくっきりで、甘みと濃縮度が高く、粘性もしっかりとしている。余韻は上品でひたすら長い。



11.Puligny Montrachet 1er Cru La Truffiére 2011
やや粘性の高い輝きのあるゴールデンイエロー。ナッツ、バター、柑橘系の皮、栗、白桃、リンゴ、ハニー、アーモンド、鉱物、白トリュフ、塩漬けハーブなどの香り。酸と果実味と、塩味っぽさがとてもバランスよく、ミネラル感も十分。骨格がとてもしっかりとしていて、力強い。



11. Bâtard Montrachet 2011
Chassagne側の異なる区画を3ヵ所所有している。粘性の高い黄金の液体。ビオらしい熟した野菜、栗、ミント、メンソール、レモンなどの香りが特に顕著に出ている。ハーブ、バター、オーク、桃などの要素もとてもバランスよく備わっている。当然ながらまだ硬さがあるが、筋肉質でがっしりとしており、ボリューム感とリッチさがある。何より素晴らしいフィネスが感じられる。
2011年はブルゴーニュらしいエレガントなフィネスとミネラル、適度な酸と果実味を備えているブルゴーニュ好きにはたまらない年だと言える。

トマ・モレでは熟度、酸、フィネスなどを考慮し、収穫は以下の順に行われる。
1.Morgeot,Batard Montrachet
2.Dents de Chien, Vide Bourse, PM Truffiére
3.Embrazees, Boudines 
4.Clos St.Jean, Macherelles, Chenevottes 
5.Saint Aubin, Saint Aubin 1er Cru


最後に2012年について話してくれた。
彼の話では2012年は、5月だというのに、あまりの寒さで樹が凍った区画もあったそうだ。ACブルゴーニュは4つの区画があるが、そのうちのひとつは全て凍ってしまったそうだ。当然、その区画から今年ブドウはできない。

加えて6月7日には雹が降ったそうだ。幸い彼の畑は影響がないほどの軽いものだったそうだ。その後、ミルデューが発生した。ミルデュー(mildew)とは、ブドウにとってとても大きなダメージをもたらす病害のひとつで、湿気によるカビによって感染するとてもやっかいな病気だ。2012年はブルゴーニュの生産者はこれの対応にかなりの労力を費やした。葉に白い点々が広がり、やがてはブドウに移り、感染したブドウはやがて干しブドウのようになってしまうそうだ。
そしてさらに6月30日にはほぼ全ての畑に雹が降った。ただ、これもあまり強いダメージはなく、被害はそれほどなかったそうだ。その後も生産者にとって悲劇は続く。今度はオイディウムが発生したそうだ。オイディウム(Oidium)とはパウダリーミルデュー(powdery mildew)とも言われるミルデューの一種で日本ではうどんこ病とも言われている。
オイディウムは病徴としては、文字通り、「うどん粉(小麦粉)」を振り掛けたように白い粉が植物体表面に散乱する。 一般に高温乾燥時に多発する事が知られているが、この菌が格別乾燥を好むという訳ではないとされている。乾燥時に植物表面の抵抗力が低下し、菌の活性がそれ程落ちないために相対的に発病が増えると見られている。非常に微小な菌で、葉と花と果実を襲う。ブドウの萌芽期から熟期までと重要な時期に発生する。茎は赤褐色の斑点状に、果実には白カビ状になって発生するとても厄介な病気なのである。
ミルデューは単にカビとしてとらえられる事もあるが、パウダリーミルデューとダウニーミルデューに大別する事が出来る。パウダリーミルデューはうどんこ病、ダウニーミルデューは、べと病とも呼ばれる。今年はカビとうどんこ病が広範囲で発生したようだ。2012年は畑で如何に迅速かつ適切に対応できたかが重要な鍵なのだ。

トマ・モレは以前にDRC Montrachetの栽培責任者をしていたが、ご存知のように、そこではビオディナミを実践している。彼はそれによってブドウの生命力が桁違いに異なる事を肌で感じたそうだ。そして彼は自身の畑で、着々とビオディナミの準備を始めた。父から譲り受けた畑は低農薬ではあったが、彼の求めるビオディナミではなかったからだ。彼の兄であるVincent Moreyは父と同じ低農薬を継続している。兄弟とはいえ、既に異なる道を歩み始めている。
ビオディナミは、とにかく畑での作業が多い。本当に根気のいる地味な作業を、地道にそして正確に行わなければならない。だからトマは常に畑に出ていた。そのおかげで2012年は畑の微妙な変化に気づく事が出来、すぐに対応できたのだという。もちろんビオディナミは、薬剤を一切散布していない為、他の生産者よりもかなり早い段階で症状が出たそうだ。それを見逃さずに対処できたのは、畑に常にいたからこそなのだ。彼は適切な対処を素早くできたと本当にうれしそうに話してくれた。

季節外れの寒さと3度の雹、そして病気が続き、8月は猛暑となった。暑すぎてブドウ自体が灼けてしまうなどの症状が少し出たそうだ。その後は好転し、少ないながらも、とても質の高いブドウになって来たと彼は喜んでいた。ただ質の高いものだけを残したので、ほんのわずかになってしまったそうだ。
2012年はどれだけ畑での作業をしっかりとしてきたか、生産者によって大きく異なる年になるだろう。未だ健在の彼の父ベルナール・モレもこんな年は自分の経験でも記憶にないというぐらい生産者泣かせの年だったようだ。収量は激減しても、残ったブドウが凝縮して質が極めて高いことが唯一の救いである。
トマ・モレはこの困難な年であっても恐ろしいほど素晴らしいワインを造るだろう。想像に難くない。

2005年や2009年などは畑で特別な仕事をしなくても質の高いブドウが採れた。平均以下の生産者も例年以上の質の高いブドウが容易く採れたのだ。
ただ2012年のような年は、本当に生産者毎の違いがはっきりと表れる。誤魔化しがきかないからだ。

我々は彼らの出来上がったワインでしか判断する事は出来ないが、この年の素晴らしいワインには並々ならぬ労力が注ぎ込まれていることを忘れてはならない。そのワインには例年以上の情熱が込められているからだ。生産者にとってワインは彼らの子供と同じ。それぞれに個性があり、いいところがたくさんあるのだ
年の全体評価だけで論じる時代は終わった。ヴィンテージチャートはひとつの目安でしかないからだ。
栽培法や醸造技術は年々進化している。ただそれは生産者によって大きく異なる。ヴィンテージだけで判断するのではなく、まずは優秀な生産者達のワインを自分の舌で確かめて頂きたい。生産者への最大限の敬意と感謝の気持ちを持って。