[Domaine Thomas MOREY]

ドメーヌ・トマ・モレ

5月18日(土) 今回の訪問は、いつものようにシャサーニュのトマ・モレとピュリニーのポール・ペルノで終わる。気温は18度程度で曇り、やや風もあるので、肌寒い。午前9時半にドメーヌ トマ・モレの呼び鈴を鳴らした。迎えてくれたのはトマ・モレ本人で、挨拶の後、早速テイスティングルームで試飲する事となった。


ドメーヌ トマ・モレ 外観。元々は彼の祖父アルベール・モレのドメーヌだった。



2012年は、5月だというのに、あまりの寒さで樹が凍った区画もあったそうだ。ACブルゴーニュは4つの区画があるが、そのうちのひとつは全て凍ってしまった。当然、その区画からブドウはできなかった。

加えて6月7日には雹が降った。幸い彼の畑は影響がないほどの軽いものだったそうだ。その後、ミルデューが発生した。ミルデュー(mildew)とは、ブドウにとってとても大きなダメージをもたらす病害のひとつで、湿気によるカビによって感染するとてもやっかいな病気だ。

2012年はブルゴーニュの生産者はこれの対応にかなりの労力を費やした。葉に白い点々が広がり、やがてはブドウに移り、感染したブドウはやがて干しブドウのようになってしまうそうだ。

そしてさらに6月30日にはほぼ全ての畑に雹が降った。ただ、これもあまり強いダメージはなく、被害はそれほどなかったそうだが、その中でも、ボーディーヌ、トリフィエールなどはその影響を受けたそうだ。

その後も生産者にとって悲劇は続いた。今度はオイディウムが発生したのだ。オイディウム(Oidium)とはパウダリーミルデュー(powdery mildew)とも言われるミルデューの一種で日本ではうどんこ病とも言われている。

オイディウムは病徴としては、文字通り、「うどん粉(小麦粉)」を振り掛けたように白い粉が植物体表面に散乱する。 一般に高温乾燥時に多発する事が知られているが、この菌が格別乾燥を好むという訳ではないとされている。乾燥時に植物表面の抵抗力が低下し、菌の活性がそれ程落ちないために相対的に発病が増えると見られている。非常に微小な菌で、葉と花と果実を襲う。ブドウの萌芽期から熟期までと重要な時期に発生する。茎は赤褐色の斑点状に、果実には白カビ状になって発生するとても厄介な病気なのである。

ミルデューは単にカビとしてとらえられる事もあるが、パウダリーミルデューとダウニーミルデューに大別する事が出来る。パウダリーミルデューはうどんこ病、ダウニーミルデューは、べと病とも呼ばれる。今年はカビとうどんこ病が広範囲で発生したようだ。2012年は畑で如何に迅速かつ適切に対応できたかが重要な鍵だったようだ。

このように数年に1回しかない出来事が一年にまとめて降りかかるような年だったそうだ。
2012年は様々な困難があった年で、決して楽ではなかったが、決して乗り越えられないものでもなかったとトマは語る。

トマ・モレは以前にDRC Montrachetの栽培責任者をしていたが、ご存知のように、そこではビオディナミを実践している。彼はそれによってブドウの生命力が桁違いに異なる事を肌で感じたそうだ。そして彼は自身の畑で、着々とビオディナミの準備を始めた。

父から譲り受けた畑は低農薬ではあったが、彼の求めるビオディナミではなかったからだ。彼の兄であるVincent Moreyは父と同じ低農薬を継続している。兄弟とはいえ、既に異なる道を歩み始めているのはとても興味深い。

ビオディナミは、とにかく畑での作業が多い。本当に根気のいる地味な作業を、地道にそして正確に行わなければならない。だからトマは常に畑に出ていた。そのおかげで2012年は畑の微妙な変化に気づく事が出来、すぐに対応できたのだという。

もちろんビオディナミは、薬剤を一切散布していない為、他の生産者よりもかなり早い段階で症状が出たそうだ。それを見逃さずに対処できたのは、畑に常にいたからこそなのだ。彼は適切な対処を素早くできたと本当にうれしそうに話してくれた。


季節外れの寒さと3度の雹、そして病気が続き、8月は猛暑となった。暑すぎてブドウ自体が灼けてしまうなどの症状が少し出たそうだ。その後は好転し、少ないながらも、とても質の高いブドウになって来たと彼は喜んでいた。ただ質の高いものだけを残したので、ほんのわずかになってしまったそうだ。

2012年はどれだけ畑での作業をしっかりとしてきたか、生産者によって大きく異なる年になったようだ。未だ健在の彼の父ベルナール・モレもこんな年は自分の経験でも記憶にないというぐらい生産者泣かせの年だったのだ。収量は激減しても、残ったブドウが凝縮して質が極めて高いことが唯一の救いであるという。


1.Bourgogne Chardonnay (Cuvée 1)2012
21樽(約6,300本分)分生産された。マロラクティック発酵も澱引きも終わった状態。異なる区画のブドウを別々に仕込んで最終的にバランスをとりながらアッサンブラージュするそうだ。果実の熟度としっかりとした甘みもしっかりとあり、凝縮している。酸度も適度でとてもバランスがいい。


2.Bourgogne Chardonnay (Cuvée 2)2012
18樽(約5,400本分)生産。Cuvée1よりもさらに酸がしっかりと力強く、伸びがある。レモンやライムなどの柑橘系の風味とやや塩気のある要素がある。ミネラル感も強く、1とは全く異質のワイン。




テイスティングルームにはガラステーブル越しに畑毎の土壌を見る事が出来るが、新たに筒状のガラスに入れられた土壌のディスプレイが設けられた。これにより表面だけでなくその断面がよく分かるようになった。


3.Bourgogne Chardonnay 2012
Cuvée 1と2をグラスの中でブレンドして、最終的な形を示してくれた。ふたつが合わさる事で、繊細でエレガントな要素がはっきりと現れた。両者が混ざり合う事で、化学反応しているかのように、全く新しい生命が吹き込まれたようだ。39樽生産(約11,700本分)
ACブルゴーニュ用のブドウはシャサーニュ村の畑からのもので1989年と2004年に植樹された。例年であれば、ステンレスタンクと樽を併用するが、2012年産は全て樽熟された。その為、例年に比べ、トースティで厚みのあるスタイルになった。

樽の要素が溶け込んでいて、通常のACブルゴーニュにはない気品と品格、複雑味が備わった。恐らく、収量が激減したため、樽に余裕が出来、それをACブルゴーニュにも使われることになったのだと思われるが、それが結果的に質を上げる事となった。収量減という負をひとつの好機と捉え、柔軟にそして最善の方法で適切に対処していく、トマらしい手法だ。もしかしたら、今後は適用されないかもしれない手法だが、とりあえず2012年産はとてもお買い得だと言える。


4.Saint Aubin 2012
0.32ha所有。Champ Tirantという区画のほぼ中央の一部を所有。2012年は2011年より高めの酸があり、硬質なミネラル分を有している。そして熟した果実のフルーティさが備わっていて、クオリティとしては2011年より高いとトマはいう。


5.Saint Aubin 1er Cru Le Puits 2012
サントーバン最小の1級畑で僅か0.6037ha。この畑をふたつの生産者が分け合っている。ピーチ、ミント、塩漬けハーブ、レモン、ライムなどの柑橘系、鉱物、麝香などの香りが印象的。ミネラリーで爽やかな酸がきっちりとあり、フレッシュで溌剌としたワイン。


6.Chassagne Montrachet 2012
植樹は1989年や若木の区画などを巧みに使い、双方の良さを最大限に引き出したモダンでスタイリッシュな新しいシャサーニュのお手本のようなワイン。シャサーニュ独特の厚みと粘性がしっかりとありながら、エレガントでフィネス溢れる造り。


7.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Machelles 2012
2011年からリリースされているこの畑は現在、借りている畑であり、契約面積は0.32haほどあり、Machellesの畑のほぼ中央に位置する。樹齢は35~40年。
厚みがあり、柔らかく粘性が高い上質な1級。やや塩気と硬質なミネラル感、アーモンド、柑橘系果実、ヴァニラ、白桃、青りんごなどの清らかな風味、洗練された余韻、どれもが品よく備わっている。

通常、8樽程(約2,400本分)の生産が可能だが、2012年は6樽(約1,800本分)に減ってしまった。ここも雹の被害を受けてしまったそうだ。ゴルフボール大の雹が3分から10分降り、各地で甚大な被害をもらせしたそうだ。14ha程度あり、通常なら400樽程生産が可能だが、2012年は僅か50樽に激減したそうだ。恐らく、ブルゴーニュで一番被害にあったのではないかと生産者間で話があったそうだ。優良生産者なだけに、一ブルゴーニュファンとしてとても残念だ。

雹は風の有無によっても大きく、被害が異なる。比較的、真上から降れば、ある程度は葉が防いでくれるので、被害は少ない傾向にあるが、風が吹くと斜めに雹が降り、葉の下の実や茎や木にまで影響を与えてしまうそうだ。茎や木にまでのダメージは、その年だけでなく、それ以降にも大きく影響を与える深刻な事態だ。ただこればかりは防ぎようがなく、ただただ祈るしかない。


8.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Chenevottes 2012
これもMachelles同様に2011年からリリースされている新しいキュヴェ。MachellesとBaudinesにそれぞれ隣接した2つの区画から生まれる。これも借りている畑で0.5haある。2012年は7樽生産(約2,100本分)された。畑名は彼の父であるベルナール・モレの時代にもChenevottesは生産していたが、ベルナールはメタヤージュではなく、ブドウを買って造っていたそうだ。白トリュフ、蜂蜜、ヴァニラ、白い花、ミントなどのハーブ、鉱物、青りんご、ナッツなどの豊かな風味が特長で、スタイリッシュなミネラル感が魅力。

9.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Baudines 2012
0.43ha。このキュヴェもMachelles,Chenevottesと同様に2011年が、トマ・モレとしてはファーストリリースとなるキュヴェ。土壌は白色粘土で、標高の高さを考えると、表土層は異常に厚く、畑は白ブドウの栽培に適している。フィロキセラ以降、畑は荒廃し、1960年代になって、ようやく植え替えられた。父ベルナールの時代からレ・ボーディーヌを名乗っていて、トマはこの区画に密植にすることで樹にテンションをかけた栽培を試みており、功を奏している。
Embrazeesに隣接した2区画から生まれる。7樽生産(約2,100本分)された。ここも爪ぐらいの雹が北側の区画に降り、収量が減ってしまったそうだ。蜂蜜、アーモンド、青りんご、塩漬けハーブ、白い花などの品のある豊かな香り。果実の熟度も十分にあり、ふくよかで肉厚。エレガントなミネラル感や酸があり、余韻も長い。


10.Chassagne Montrachet 1er Cru Les Embraseées 2012 
フィロキセラ危機後、放置されていたが、彼の祖父アルベール・モレによって50年代後半に改めて栽培が行われ、現存するブドウの樹は1961年植樹されたものとなる。レ・ザンブラゼのほとんどはモレ家が所有している。5.1930haのうち、ヴァンサン・エ・ソフィ・モレが4.25ha所有し、トマ・モレは0.75ha所有している。
なだらかな丘の中腹にあり、化石や岩や石が多く、赤土土壌の区画。表面の石によって昼間の太陽熱が保たれ、ブドウが熟しやすい畑でもある。白い花や白い果実の新鮮で、さわやかなアロマはエレガントな香水のようにグラスから沸き立つ。他のキュヴェよりも若干の熟度の高さと柔らかさが感じられる。

2012年は2カ月ほど前に澱引きされ、9樽生産(約2,700本分)された。厚みがあり、とても分かりやすい味わいを持っているのが特長。今飲んでも、とてもいい状態で楽しめる。トマも自分のワインの特徴とスタイルが一番理解してもらいやすいキュヴェだと考えている。モレ家の看板ともいえる畑で、アルマン・ルソーならクロ・サン・ジャックのような存在だとも語っていた。トマは澱を取っていて、フィーヌ・ド・ブルゴーニュを造る事も検討しているようだ。



大幅な収量減の為、使用されなかった新樽はかなりあった。
手前はフィーヌ用に澱を保存するためのプラスティックタンク


11.Chassagne Montrachet 1er Cru Morgeot 2012
モルジョは全体で60ha以上もあるシャサーニュ最大の1級畑。トマ・モレではLes Brussonnes, Les Petit Clos, Les Fairendes, Guerchèreというリュー・ディを所有しているが、Guerchèreは、ネゴスに販売している為、Les Brussonnes, Les Petit Clos, Les Fairendesのブドウがこのキュヴェとなる。0.58ha。

モルジョは、他の1級キュヴェに比べ、さらにヴォリューム感のあるワインが出来る。トマ自身も澱引きしてから初めて、試飲するそうだが、酸味もきれいに現れていて、質感もよく、とてもいい状態にあると嬉しそうに話していた。2012年はポテンシャルが高く、クオリティとしてはかなり高いのではないかとトマは自身のワインを分析している。9樽生産(約2,700本分)された。天候の良し悪しは年によってあるかもしれないが、元々のブドウの生命力を活かす、ビオディナミと一切の妥協を捨てた厳しい選別、そして最新の醸造技術で年のバラつきは抑えられるようになったと語る。もちろん、雹害などによる突然の天災による収量減を防ぐことは難しいかもしれないが、気象予知や天災後の対策、醸造技術など常に最新の技術と古き良き時代の技術の双方をかみ砕いて地道に改良していく事が大事なのだと言う。



12.Chassagne Montrachet 1er Cru Clos Saint Jean 2012 
トマの父ベルナールが幼少期には既にあった区画で0.25haあり、樹齢は50年を超える。2012年は4樽生産(約1,200本分)された。熟度も酸もとてもしっかりしたスタイルのワインができるようだ。熟した桃のネクターのような粘性のある果実味に青りんご、ヴァニラ、炒ったアーモンド、ドライフルーツ、パイン、フローラル、レモン、ライム、砂糖漬けハーブなどの香りが感じられる。酸もしっかりとあるが果実味の濃縮感が強くバランスが取れている。質感はフレッシュなシャープさ、そしてフィネスがあり、とても洗練されている。

13.Chassagne Montrachet 1er Cru Vide Bourse 2012
全体で1.3243ha程しかない小さな区画。0.20ha所有。バタール・モンラッシェに隣接しているとても恵まれた区画でもある。植樹された正確な記録が残っていないが、1940年初め頃までは遡ることができるそうだ。通常であれば5樽(約1,500本分)生産可能だが、2012年は3樽(約900本分)となり、例年以上に入手困難なキュヴェになってしまった。ただ品質は例年以上の出来と言ってよい。香り自体はまだ閉じ気味であったが、ミネラリーで果実の凝縮感が高い。熟度もしっかりとあり、酸も伸びがありしっかりとした主張をしている。


13.Chassagne Montrachet 1er Cru Dent de Chien 2012
ル・モンラッシェに隣接する僅か0.637haの区画。0.07ha所有。ダン・ド・シヤンとは『犬の歯』を意味する言葉で、とても小さい区画の為、そう名付けられたそうだ。

ジャスパー・モリスMW著「ブルゴーニュワイン大全」には次のように記載がある。

「大部分の小区画は岩がむき出しで、ブドウを植えることは不可能であり、低木地帯を開墾して植樹している。ブドウを植えているのは隅の2ヵ所で、R6号線に沿ったレ・ブランショ・ドゥスュの上部と、ル・モンラシェの上部。畑は東に延び、徐々にル・モンラシェへのみ込まれる。場所や立地条件が近いことから、シュヴァリエ・モンラシェと比べることもある。シャトー・ド・ラ・マルトロワ、コラン・ドレジェ、モレ・コフィネ、トマ・モレがここでワインを造る。

シャトー・ド・ラ・マルトロワのジャン・ピエール・コルニュによると、1936年の格付け以前は、ル・モンラシェの区画だったらしい。確かに、同シャトーのダン・ド・シヤンは、若いうちはモンラシェに比べ、かなり控えめだが、熟成により幅と奥行きが急激に広がる。

記述にあるように、以前はル・モンラッシェだった区画だ。この稀少な畑からは、モンラッシェ以上に稀少なワインが生まれる。飲めばここも特別な畑なのだと素直に感じる事だろう。

普段は2.5樽分(570リットル、760本)生産可能だが、2012年は少し大きめの樽(350リットル)で1樽のみの生産(約470本分)となった。大幅な収量減の為、古くからの付き合いのある個人客にも割り当てる事が難しくなったそうだ。我々のようなインポーター優先で割り当てるそうだが、数量は全く足りない模様。例年の高い品質は踏襲されていて、スタイルであるテンションを与えるワインに仕上がっている。


15.Puligny Montrachet 1er Cru Les Truffières 2012
南のトリュフィエールはシャンガンに隣接した区画と、そこから少し離れた、Hameau de Blagnyに隣接した北の区画があるが、トマ・モレは南側の区画に2ヵ所、合計0.25ha所有している。1952、1982年に植樹。2012年産は雹害が多く、通常なら7樽(約2,100本)の生産が見込まれるが、2012年は4樽(約1,200本)と大幅に減った。一切の妥協を捨て、完璧なものだけを選別したおかげでクオリティは高い。元々のブドウの収穫が少ない事もあって、選別をよりキメ細かく迅速にできた事が良かったのだろう。ワインはとても清らかで洗練されている。ファーストアタックの柔らかく熟度ある果実味、そしてミネラリーでエッヂの効いたシャープな酸とふくよかで焦点の定まった果実味など、バランスがとてもいい。ピュリニーのトップドメーヌと肩を並べる品質だ。シャサーニュの造り手だからと決して侮ってはいけない。素晴らしいワインだ。



地下セラーの壁にはカビは付き物で、どこのドメーヌにも壁や天井一面を覆っている。ほとんどのドメーヌはそのままらしいが、トマは年に一度はカビを掃除するそうだ。これにより微生物の適正な住環境を維持できるそうだ。


16.Bâtard Montrachet 2012
0.10ha所有。通常4.5樽(約1,350本)生産の所、2012年は僅か2樽(約600本)だけ生産されることとなった。
畑はChassagne側の区画に3ヵ所あり、そのひとつはル・モンラッシェに隣接している。2/3が1950年、残りは1964年植樹された。通常のバタールに感じられるリッチさにエレガントな質感が絶妙に加わった素晴らしいスタイル。入荷は本当に僅かだが、入手できるチャンスがあるのなら、迷わず購入をお勧めしたいアイテムのひとつ。

雹が降ってしまってからは人が何かを施して劇的に改善する事はまずない。自然に任せるしかない。風と太陽の熱が何よりもいい効果をもたらすのだ。風は畑から湿気を追いやり、それに太陽が当たる事によってブドウの樹などはその傷を癒すことができる。雹の後にさらに雨が続けばそこからカビが広がってもっと収量が減っていたそうだが、幸いなことに天気は好転し、量は減っても質の高いブドウは収穫できたようだ。

畑から離れた道によっては、洪水などもあり、道路が寸断され、トラックが通行できないなど、数年に1回しかない出来事が一年にまとめて降りかかるような年だったそうだ。

2012年は様々な困難があった年で、決して楽ではなかったが、決して乗り越えられないものでもなかったとトマは語る。

2005年や2009年などは畑で特別な仕事をしなくても質の高いブドウが採れた。平均以下の生産者も例年以上の質の高いブドウが容易く採れたのだ。
ただ2012年のような年は、本当に生産者毎の違いがはっきりと表れる。誤魔化しがきかないからだ。

我々は彼らの出来上がったワインでしか判断する事は出来ないが、この年の素晴らしいワインには並々ならぬ労力が注ぎ込まれていることを忘れてはならない。これは訪問する度に強く思う事だ。そのワインには例年以上の情熱が込められているからだ。生産者にとってワインは彼らの子供と同じ。それぞれに個性があり、いいところがたくさんあるのだ

年の全体評価だけで論じる時代は終わった。ヴィンテージチャートはひとつの目安でしかないからだ。
栽培法や醸造技術は年々進化している。ただそれは生産者によって大きく異なる。ヴィンテージだけで判断するのではなく、まずは優秀な生産者達のワインを自分の舌で確かめて頂きたい。生産者への最大限の敬意と感謝の気持ちを持って、天候だけで判断するようないい加減な評価などあてにしないで、フラットな気持ちで飲んで頂きたい。

余談だが、彼のドメーヌには国内外から多くの星付レストランのシェフやソムリエが訪れるそうだ。そこでは一流の舌を持つ者にしか分からない独特の感覚をトマ・モレとやりとりしている事だろう。
どの人も素晴らしいとトマは言うが、その中で、トマが一目置く存在があるという。それがあのミシェル・トロワグロだ。彼はブラインドでトマ・モレのワインを畑名まで正確に全て言い当てるそうだ。初めて飲む新ヴィンテージも含めてだ。一口でヴィンテージの個性を見極め、その年の畑の出来までも判断できるというのは、常人にできる事ではない。一緒に造っているような不思議な感覚もあるかもしれないねとトマは笑う。世の中には本当にすごい能力を持った人がいるのだ。そしてそのミシェル・トロワグロの研ぎ澄まされた感性を理解し、常人が計り知れない高みで会話ができるトマもまた天才なのだ。