Domaine Jacques-Frederic Mugnier

恐らくブルゴーニュでも最も美しいシャトーであろう白亜の城から出迎えてくれたのは当主ジャック・フレデリック・ミュニエ氏。落ち着いた物腰と時折見せる優しい笑顔がとても印象的で紳士と呼ぶにふさわしい。1900年に建造されたセラーで樽熟中の2009年をテイスティングした。



1.Chambolle Musigny 2009 (樽)
22樽生産。とてもよく熟した甘い果実のニュアンスがとてもきれいに表れている。黒糖などを思わせる香ばしい甘い香りに、ピュアで熟度の高い果実が溶け込んでいる。焦点もきっちりと定まっていてとてもバランスが良い。素直にいいワインだと思える1本。


2009年は最初はそれほどいい天気ではなかったと振り返る。暑くもなかったが、8/15から暑くなり始めたそうだ。そこからの1週間は35〜38℃までの気温が続いた。例年、8/15以降は気温が下がることが多いそうだが、このおかげで葡萄はたっぷりと熟度を備えた。収穫前のこの期間に暑かったおかげでよく熟し、それが2009年の特長になった。収穫は予定よりも少し遅らせ、9/10から始めた。収穫前にジュースの糖度を分析したところ、高い数値を示したが、皮までは熟していなかったそうだ。皮まで熟すにはまだ時間が必要だったので遅らせたそうだ。皮が熟していないと苦味や過度なタンニンが出てしまう。皮の熟度を測るには食べて判断するのが最善なのだという。待ち過ぎても酸がなくなるのでその見極めはとても難しいそうだ。



2.Chambolle Musigny 1er Cru Les Fuess 2009 (樽)
11樽生産。0.74アール所有し、収量は30〜35hl/ha程度だという。前出のChambolle Musignyよりもタンニンがしっかりとしていて硬さが感じられる。熟度よりも酸とタンニンが今は前面に出ているが、フィニッシュに洗練されたやわらかく甘い果実がはっきりと感じ取れる。彼のワインはどれも新樽比率は20%程度。これはシャンボールの繊細な個性をきれいに表現したいからだ。

2009年はアルコールの高さと熟度からパワフルでリッチな印象がとても強い。丸みがあり、やわらかく、若いうちから飲めてしまう魔法のような液体が特長的だ。ミュニエ氏は1990年と2003年を併せ持ったようなヴィンテージかなと評する。
2010年に関してはまだ何とも言えないなと答えてくれた。生まれたばかりの赤ん坊が将来どんな人物になるのかなんて誰も想像がつかないだろう?と彼は言う。



3.Bonnes Mares 2009 (樽)
5樽生産。収量は34hl/ha。香りはまだ閉じているが、タンニンはとても柔らかい。樽に入れたばかりの頃は彼には甘過ぎたそうだ。それが今になってバランスが取れてきたと感心しながらわが子のように褒めていた。



4.Nuits Saints Georges 1er Cru Clos de la Marechale 2009 (樽)
150樽生産。ご存知のように2004年に彼の元へ戻ってきた畑。残念ながら大人の事情でAMZには入荷しない。シャンボールのようなエレガンスとパワフルさが備わっている。香りは閉じていて、タンニンもやや乾いているが、それは最近までステンレスタンクに入れたものをまた樽に戻したばかりだからかもしれない。ただ甘く粘性のある果実味と洗練されたフィニッシュはとても心地よい。とても分かり易く良いワインになるだろう。



5.Chambolle Musigny 1er Cru Les Amorouses 2009 (樽)
8樽生産。とてもやわらかく、果実味豊か。喉の奥で光がさしてくるような暖かみのある味わい。タンニンの角がなく、熟して円みのある果実にきれいに溶け込んでいる。エレガンスとフィネスの究極系のようなワイン。



6.Musigny 2009 (樽)
16樽生産。樽は高級優良樽メーカーで知られるレモン社とフランソワ・フレール社の2つの樽を使っている。この方がより複雑味が出るそうだ。この段階ではミュジニーだけまだ澱引きしていなかった。これだけマロラクティック醗酵が遅かったからだそうだ。タンニンの質がきめ細かく、果実の熟度と酸のバランスが抜群。エレガンスの極み。



7.Nuits Saints Georges 1er Cru Clos de la Marechale Blanc 2009 (樽)
温暖な年に考えられるひとつの選択肢である補酸は行わなかった。酸を人為的に加えるとその年のバランスに狂いが生じると考えているからだ。これまでに唯一補酸をしたのは1990年のみだそうだ。
ワインは程よい粘性を備えた濃さに、レモンなどの柑橘系の香り。ハニー、ナッツ、ヴァニラなどの厚みのある香りが程よく混ざり合っている。ミネラリーでフレッシュな酸と奥行きのある構成は絶品。
ミュニエ氏のファースト・ヴィンテージは1985年。若い頃は石油エンジニアや商業パイロットなどワイン造りとは無縁の業界にいた。その彼がワイン造りに本格的に取り組むきっかけを与えていたのはル コンジェ サバティックというフランスの制度を利用したことからのようだ。

フランスには会社で3年働くと、1年間休めるシステムがあるそうだ。仏語で"Le conge sabbatique"(ル コンジェ サバティック)。英語でいうなら"キャリア・ブレーク"というようなものだろうか。フランス政府によると、その目的が「仕事を一時中断して個人的なプロジェクトを実現するためのもの」と説明している。
もちろん勤務先の会社の許可があれば、という条件付きだが、とてもうらやましい制度。休暇中はもちろん無給だが、休暇後にまた同じステータスに復帰できるというのがメリットだ。育休さえも満足に取れない日本では考えられない制度だ。フランスでは労働者の権利はこれでもかというぐらい守られている。だからストも多い。それはそれで問題ではあるけれども、守られているのは精神的にもゆとりが生まれる。

その制度を使って1年間仕事を休み、ワイン造りに没頭したそうだ。「いざワイン造りを始めてみたら、それが楽しくて仕方がなかったから今があるんだよ」と、懐かしそうに話してくれた。その後も、これも大好きなパイロットを兼業しながらワインを造り続けたが、今はワイン造りのみ全神経を注いでいる。パイロットは趣味で継続しているそうだ。いつもぴかぴかのグライダーがセラーの入り口においてある。

今度、マルセイユから100kmほどにあるシストロン(Sisteron)という町から飛んでスイスに行き、アルプス山脈でグライダー飛行を楽しむそうだ。その充実したオン・オフの切替がワインに表れているのだろう。ご存知の方もいるかもしれないが、彼には日本人の血が8分の1流れている。彼の曾祖母は長崎県島原市出身だったからだ。自信のルーツの一部である日本の文化や食にも非常に興味を持っている。春に京都や伊勢神宮などを巡ったそうだ。伊勢神宮では独特の荘厳な雰囲気にいたく感激したそうだ。彼の受け継がれた日本人の魂が恐らく騒いでいたのだろう。