Domaine Christophe Bryczek


出迎えてくれたのは三代目当主としての風格も出てきたクリストフ・ブリチェック氏。身体は決して大きくはないが、年々がっしりと貫禄が出てきた。彼の祖父でドメーヌの創始者であるジョルジュ・ブリチェック氏は未だ健在で今年で98歳になる。心身ともに今も充実しているそうで、毎日ワインを1本空ける生活を続けている。
いつもはクリストフが一人で対応してくれるが、この日は三十前の研修生の男性がテイスティングのサポートをしてくれた。彼の醸造家になるという夢を、彼の母親は彼がアル中になってしまうのではないかと、とても心配しているそうだ。母の思いは国を超えても似たようなものだと感じながら、このところの作柄から話を聞いた。

2010年は腐敗果があった為、選別を厳しくせざるを得なかった。2009年に比べ、約30%収量が減ったと話す。ただ健全な葡萄の粒は小ぶりで凝縮した果汁を備えており、良い年だと語っている。彼のドメーヌでは花が咲いた後、風通しをよくする為、他のドメーヌよりも多くの葉を落としたそうだ。これにより腐敗果は予想以上に少なかった。凝縮感に溢れ、タンニンはなめらか、熟度がたっぷりとあるエレガントなワインとなったようだ。2010年はバランスの取れたワインになるだろうと予測している。果汁は果実味が強く、長い余韻を持っている。長熟型の将来がとても楽しみな年だろうとの事だ。彼のイメージでは1985年や1979年に似ているのではないかと語っているが、あくまで現時点での予想だ。
2009年をボトル、または樽から試飲した。

1.Bourgogne Grands Ordinaire Blanc 2009 (瓶)
2009年は9月12日に収穫された。最近瓶詰めしたばかりのキュヴェ。モレ・サン・ドニ村の真ん中にある畑で、ドメーヌから200mに位置し、家々の間にある畑から造られる。年産は1200本足らず。酸がしっかりとあり、熟度はそれほど高くないが厚みとミネラル感は十分にあり、とても飲みやすい。アメリカン・オークを使用しているため、ヴァニラなどの甘い香りが印象的だ。度数は12.5%あり、シャプタリザシオンはしていない。



2.Chambolle Musigny 2009 (樽)
収穫したのは9月12日。2009年は2100本〜2400本程度が生産予定。2010年は2000本以下まで減るそうだ。1年樽と2年樽を使用する。シャンボールの繊細なニュアンスは新樽を使うと消えてしまうからだ。香りは今のところ少し還元香があるが、スワリングのうちに消えてしまう程度。タンニンも柔らかく質感もキメ細やか。熟度と酸とのバランスもよく、飲み心地も優しい。芯の通ったしっかりとした構成がとても魅力的だ。
2009年は熟度が高い為、酒石酸と同じ成分の酸を醗酵中に若干加えたそうだ。これは2003,2005年のブルゴーニュで特に暑かった年にも同様に行われた。彼の好み以上にファットな果汁だった為に加えられた。




過剰に熟した果実はピノ・ノワールの洗練されたニュアンスを表現することは難しいという。甘く飲みやすいだけのワインは凡庸でフィネスを感じることはできないと考えているからだ。かといって収穫を早めると、果汁に必要な成分を得ることは出来ない。そんな時、彼はピノ・ノワールから抽出した酒石酸を加えるそうだ。これにより果実味、タンニンのバランスを的確に表現することが出来る。



3.Gevrey Chambertin 2009 (樽)
ラベルにはリューディ名である" AUX ECHEZEAUX "が記されている。これはジュヴレ・シャンベルタン村の一番南に位置する畑で、隣の畑はマゾワイエール・シャンベルタンという好立地。2009年はドメーヌではこのオー・エシェゾーという区画から20樽(6000本)程度生産された。6ヶ月間新樽に入れ、その後6ヶ月間1年樽、それから6ヶ月間2年樽で熟成させる。2010年は約20%ほど減り、4500本程度になったそうだ。




2009年12月は極端に各所で冷え込み、村の各地で夜間にマイナス20度になった箇所もあった。日中でもマイナス5度しかない日が3日続いた。ヴォーヌ・ロマネ村は、かなりの被害があったのではないかと彼は言う。ヴォーヌ・ロマネの下の方は水が溜まって広範囲に渡って土が凍ってしまい死んでしまった樹もあったようだが、彼の所有する畑もいくつかの樹は凍ってしまったそうだ。幸い完全に枯れてしまう事はなかった。凍ってしまうとその年には葡萄は全く実をつけなくなるそうだが、その翌年から半分程度は復活して実を付ける。そして数年で元に戻るらしい。自然の力とは何と素晴らしいことだろう。彼は自然のままにしておくことが樹にとって、一番いい事だと考えているが、中には肥料を加えてしまう生産者も中にはいるそうだ。



残念ながら、ヴォーヌ・ロマネ村の完全に枯れて死んでしまった樹々は当然植え替えが必要だ。ただし、樹を植えたとしても実がなるのは少なくとも4年はかかる。しかし若すぎると、やはり深みに欠けてしまう。いい葡萄が出来るには10年はかかるそうだ。当たり前だが、葡萄の樹は生産者にとって過去から受け継いだかけがえのない遺産なのだ。


4.Morey St. Denis 1er Cru Cuvée du Jean Paul2 2009 (樽)
しっかりとした濃縮感と質感のきめ細かさはやはり別格。現段階でも飲み心地はよく、継ぎ目のないシルキーでエレガントな1本。フィネスがあり、かなりの満足度を約束してくれるワインになっている。2009年は2700本のみ生産された。2010年は少し減って2400本程度になるだろうとの事。出荷が待ち遠しいワインだ。



5.Morey St. Denis 1er Cru Cuvee du Jean Paul2 2008 (瓶)
日本でも2010年10月にリリースしたばかりのワイン。2008年は2700本生産された。これは2009年と同じ生産量。葉をかなり落として風通しを良くしたおかげで、予想よりも腐敗果が少なく、良い葡萄が取れたそうだ。

女性的で柔らかく、2009年よりもさらに質感がきめ細かい。穏やかで包み込むような清らかな果実味が印象的だ。このキュヴェだけを比べるのなら2009年は果実の熟度の高さとそれを支える酸からパワフルかつエレガントな女性的ニュアンスを感じる。リッチでゴージャスな印象が強い。対して2008年はこの現代において、大和撫子のような奥ゆかしさを秘め、フィネスに溢れながらも芯のはっきりとした日本人が好む美を表現しているように感じる。
どちらも好みが別れる難しい選択ではあるけれども、素晴らしいワイン。

6.Morey St. Denis 1er Cru Cuvée du Jean Paul2 2002 (瓶)
未だ元気に畑仕事に勤しんで人生を楽しんでいる先代エドゥワールのワイン。今回、特別に開けてもらった。タンニンが溶け込んでとてもしなやか。程よい熟成感と豊かな複雑味。滋味深くフィネス溢れる味わいを持つ、彼が手がけた最後の作品となった。彼のワイン人生の集大成とも言うべきもので、素直にいいワインだと思える。うっとりするような果実味のしなやかさはこの畑の持つ個性を余すところなく的確に表現している。




いつか手がけてみたいアペラシオンは?との問いにクリストフはECHEZEAUXを是非やってみたいと即答してくれた。ECHEZEAUXは、普段から色々な生産者のワインを飲む機会に恵まれているそうだ。生産者によって品質のバラつきはあるが、畑のテロワールはかなり的確にとらえている様子。
Clos de Vougeotもいいが、広い為に立地の当たりはずれがあり、そこには同じ名前でも埋めようのない差があるからねと笑っていた。いつの日か彼のECHEZEAUXがリリースされる事を願うばかりだ。

このドメーヌでは毎年40人程度を動員して2日で全ての畑の収穫を終えるそうだ。彼の祖父のときは同じ面積を約2週間もかけて行っていた。ただこれは、熟度が上がるのを待っていたと言うより、ランチにワインを飲み過ぎたり、食事に時間をかける為にそれだけかかっていたとかだ。昔はどこもそんな感じで、とってもゆるい感じで収穫は行われていたんだそう。

ちなみに98歳の彼の祖父は今でも朝からワインを飲むそうで、彼にはワインは水と何ら変わらないもののようだ。孫のクリストフは収穫は最も大事な作業のひとつだと考えているので一切飲まないで臨むと言う。楽しみは全てが終わってから、と言う。
クリストフはワイン造りを例えるなら、一種の麻薬のようなものだと語る。一度、ハマるとやみつきになり、その快感が忘れられなくなるそうだ。もちろん麻薬は知らないけどねといたずらっぽく笑う。だから彼の父であるエドワールも未だ畑仕事に勤しんでいる。クリストフが幼い頃、ワイン造りは自分の天職だと父から聞いた事があるそうだが、自分もこの仕事に誇りを持っている。ワイン造りが好きで仕方がないのだ。そんな彼の造るワインはやはりその喜びと情熱に満ち溢れている。GevreyChambertinとChambolle Musignyに囲まれたMorey St.Denisは日本では少し地味な存在かもしれない。ただ、頑張っている良い生産者は沢山いるし、ブリチェックはその中でもトップ生産者の一人だ。